2020年総括(本のこと)

お久しぶりです.
2年ぶりの記事の題材としてリハビリがてら,読書を補助線に1年の総括する.今年読んで面白かった本や印象的だった本を入手順に振り返る. 

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目次

以下本文.


『ファッションと哲学 16人の思想家から学ぶファッション論入門

 言語活動としてのファッションが好きと云いつつ思えば鷲田清一『モードの迷宮』やロラン・バルトから一歩も進んでいない.そこで2年ほど前に出版された本書を手に取った.
今はフェミニズムクィア理論に興味の対象があるので,バトラーが読みたくなった.
余談だが,出版されてしばらく経ったあとに丸善ジュンク堂渋谷店で本書を中心に組まれたフェアが思い出深い.読書指針の一つである.

 

『統計の歴史』
統計の歴史

統計の歴史

 

 勉強のスタイルは人それぞれ,思考や知識を整理する癖も人それぞれだろう.私は体系的な理論の骨格に対して,鎹として歴史を裏付けに補強すると,すんなり腑に落ちる性癖がある.*1

好例は高校生が習う微分積分学の基本定理だろう.初見では「こんなの何が面白いねん」と思うものだが,しかし積分微分の歴史的隔たりを解していれば大変に味わい深い定理である.
統計学を学ぶ上で,どうも「何故こんな操作をするのか?」と腑に落ちない点が多くて読むことにした.経済学史と経済史はほとんど別物だが,同様に統計学の歴史と統計の歴史は全く別物であった.本書は人間社会と統計の関わりを述べた書物で,私が求めるものではなかったが,統計(学)の受容史として得るものは大きかった.
人々が見たくもない数字を突きつけられることに対して途方もないアレルギィがあるのは今も昔も変わらないのだな.そりゃ受容されるのも大変だ.

ちなみに,統計学史としては『異端の統計学 ベイズ』がよかった.*2

 

『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』

 これは大変に刺激的な書物であった.辞書を一から作るのではなく既存の辞書の保守であること,小説ではなくエッセイであることなどいくつかの違いに目を瞑れば,アメリカ版『舟を編む』っぽい.
読みながら,薫陶を受けた恩師の「辞書を引いている間に人生が終わってしまう恐怖を感じた」なんて箴言をふと思い出した.
何が面白いって,謝辞が実に面白い.純度100%の辞書に関する本ならではのユーモラスで小粋な謝辞でした.
余談だが,本書といい,映画『博士と狂人』といい,英語圏の大きな辞書に関する作品が連続した年でしたね.

 

『マーケットデザイン』
マーケットデザイン

マーケットデザイン

 

今年はいわゆる林ミクロや神取ミクロを読み続ける一年だったが,本書はオークションとマッチングにのみ焦点を絞った中級書.
Krishna は相当に気合いを入れなきゃ読めない,下手したら気合を入れても読めないが,本書は多分,事前知識不要で読めそう.数学的に難しい部分はなく,内容も翻訳も実に分かりやすい.


眼鏡橋華子の見立て』

たとえばic! berlin,less than humanなどの実在の眼鏡を巡る漫画,著者の眼鏡に対する愛がこれでもかというほど伝わってくる.レンズの表現に充てる熱量が尋常ではない.著者は登場人物の視力ごとにレンズの屈折率*3を描き分けているというのだから恐れ入る.*4
さて,私は眼鏡を愛してやまない.人生で最もお金を使ったものは本,その次は眼鏡である.そんな人間が読んでも面白いが,眼鏡を掛ける習慣があるが,眼鏡,或いは眼鏡をかけた自分が嫌いな人々に読んでほしい.きっと,ほんの少しだけ眼鏡が好きになる.
例によって余談だが,本書2巻44頁〜46頁,ついでに同著者の『メガネ画報』37頁〜42頁は思わず膝を叩いて同意した.

 

『ドリアン・グレイの肖像』 
ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

 

さっぱりノータッチのワイルドだったが,薫陶を受けた福田恆存の訳書が存在すると知り,居てもたってもいられず読了.
私はつい数年前まで文学青年だった筈が,いつしかフィクショナルな文章がほとんど読めなくなってしまった.*5
どうしようもない挫折感と喪失感の中,一回の中断を挟むのみで,最後まですぐに読み終えてしまった.
この記事を書きながらふと思った,そう,三島由紀夫『禁色』っぽい.
ウォットン卿の若さへの拘泥には懐疑的だが,蠱惑的で耽美的で病的なほどのヘドニズムに酔いしれてしまった.
本作が初ワイルド,いいタイミングでアスク出版から『オスカー・ワイルドで学ぶ英文法』が発売された.こちらも購入済みである.しっかり積んでいる.*6

 

『手を動かしてまなぶ集合と位相』 
手を動かしてまなぶ 集合と位相

手を動かしてまなぶ 集合と位相

  • 作者:敦, 藤岡
  • 発売日: 2020/08/24
  • メディア: 単行本
 

 逆に,手を動かして学ばない理学書とは一体なんぞやと突っ込みたくなってしまうタイトルだが,本書と『「集合と位相」をなぜ学ぶのか』*7の2冊合わせてようやく,ふわっとした理解が叶った.
迷子になりがちな行間を埋めてくれるのが大変にありがたく,内容の重さの割にさくさく進めることができた.
本書の前は『基幹講座 数学 論理・集合と位相』を読んでいた.同じシリーズの線型代数微分積分が良かったからと安易に手を出してしまった.ものの見事に挫折した.
ちなみに同著者の線型代数微分積分は,二色刷りで紙面の色がうるさくて読む気が起きなかった.内容は間違いないだろうに勿体ない…….

 

『ゼロから作るPython機械学習プログラミング』 

流行り物なので縷々語られているだろう.ゆえにあまり詳しく綴ろうとは思わないが,欲しいと思っていた本が欲しいと思っていた時期に欲しいと思っていた出版社から発売された.それだけで随分ありがたい.
コードがとても綺麗,式変形が喧しいほど丁寧.オライリーから出ている『ゼロから作るDeep Learning』は原著ゆえの読みやすさはあったものの「ゼロからとは?」と突っ込みながら読んだものだが,本書は少なくともゼロの極近傍から読めそうだった.

 

 『新装改訂版 現代数理統計学
新装改訂版 現代数理統計学

新装改訂版 現代数理統計学

 

創文社解散に伴い,古書価格が幻のような金額まで 跳ね上がっていた同書が増補されて学術図書出版から再販された.
ルベーグ積分の知識を要さず,推測統計学の諸項目を理論的に説明する類書は少なくとも日本語だと,多分ない.
東大出版会のいわゆる赤本などで統計学を一通りさらったは良いものの,なんだか誤魔化されている気がして腑に落ち切らない経験をした人は少なくないだろう,私もその一人である.その蟠りを経ていると,「何故そのモデルを使うとうまくいくのか?」等の疑問が日本語や数式を追えば飛躍なく氷解するのが堪らなかった.

 

『アリスに驚け』 
アリスに驚け

アリスに驚け

  • 作者:宏, 高山
  • 発売日: 2020/09/26
  • メディア: 単行本
 

アリス狩りの六冊目,学魔界隈では「やっっっと出たか」と話題だったらしい.私はよく知らない.
今年はアリスをよく読んだ.というのも,同じく高山宏訳『詳注アリス 完全決定版』がちょうど一年前に出版された為だ.解題集『トランスレーティッド』には及ばないが,ほぼ鈍器.間違いなく奇書の類.注釈を読んでいる間に本文を忘れて読み直す作業を延々と繰り返しながら読んだ.
後記の『詳注版シャーロック・ホームズ全集』然り,田崎晴明『熱力学』然り,読書においては,著者の親切等によって膨れ上がった注釈を読むこと,これが何よりも幸せなのだ.
表題の『アリスに驚け』はアリスについて触れている部分はさほど多くない,分量にしておよそ100頁強*8,しかし『不思議の国のアリス』冒頭のおそらく世界でも類がないほど有名なたった三行から始まる文化史的な読みの鋭さ,パノラマのように開けた視野と,暴力的な情報の洪水に圧倒される.
著者の『アリス狩り』は今回が初めてなので,古書店で見かけたら買い揃えようと思う.

『New Annotated Sherlock Holmes: The Novels: A Study In Scarlet / The Sign Of Four / The Hound Of The Baskervilles / The Valley Of Fear』
The New Annotated Sherlock Holmes: The Novels

The New Annotated Sherlock Holmes: The Novels

 

 ホームズの聖典は数多く出版されている.
邦訳ベースなら,最もよく手に取られているのは新潮文庫の延原訳,最近は角川文庫の駒月訳もちらほら見かける.新刊で手に入る中で最も訳註が詳しいのはJSHC創設のお二人による河出文庫.そしてヤフオクで震えるほど高騰している*9シャーロッキアン御用達の筑摩文庫,グールド版.*10
筑摩文庫のグールド版は,二段組で上半分が本編,下半分が注釈で組版されている.とにかくその注釈の量が膨大で,当該項目を探すのも本文に戻るのも大変なほどだ.*11
そんなグールド版をあろうことか増補したのが『The New Annotated Sherlock Holmes』その本である.三分冊だが,とにかくデカい.我が家の本の中では医歯薬出版の『医学大辞典』に次いでデカい.
2020年現在,邦訳はされていない.第1巻と第2巻は短編,第3巻には長編がすべて収録されている.*12*13
ちなみに恥を忍んで告白すると,本書,まだ一切読んでいない.イギリスの古書店から取り寄せたはいいものの,臭くて臭くて本を開くと喘鳴と咳嗽が止まらなくなる.

 

マクロ経済学 動学的一般均衡理論入門』

 つい1週間前にミネルヴァ書房様に直接問い合わせてどうにか手に入ったので,実はまだ数十頁しか読めていないのだが.然程読んでいないので書けることが特にない.
しかし少なくともマクロ経済学アレルギィは本書でどうにか克服できそうな気がする.

 

以上.

*1:その割には通史に不明なのだが.

*2:これはベイズ統計学史だが.類書ご存知の方居たら教えてください.

*3:原文ママ.たぶんディオプトリ(屈折力)の間違い?

*4:https://book.honcierge.jp/articles/interview/265

*5:この現象に対して“単に面白い小説が無いだけだよ”と突っ込まれたのはなかなか痛快であった.

*6:ちなみに同著者の前作『ヘミングウェイで学ぶ英文法』はヘミングウェイに興味が無さすぎて売ってしまった.アリスは手垢がびっしり付いているから,今度はホームズやスタインベックで書いてほしい.しかし次回はオー・ヘンリーだそうだ.どうしよう,困ったことに全く馴染みがない.

*7:絶対に2章から読もう.おじさんとの約束だぞ.

*8:残りはだいたい追悼文や賛辞,ガリヴァー旅行記の改題以外は未読.

*9:といっても無為に5万円程度まで高騰させているものはいつまで経っても売れていないけれど.

*10:書物の価値はあくまでも定価以下と思っているので2020年末現在,私は1,2,3,6.9巻しか揃っていない.

*11:それでも前掲の『詳注アリス』に比べれば相当読みやすい.これは注釈が多すぎて物語本編を探すのが大変だった.

*12:グールド版は物語中の時系列順に組まれている

*13:2020年現在,まだ1巻と2巻は諸般都合で入手できていないのだが,3冊並べると背表紙がホームズのシルエットになるのが愛書家心を擽る.