[オイル交換記録]夜のノイズに走り込め
今年もうだつの上がらないまま新年度を迎えた.年末頃から二月中旬にかけては酷寒も相俟って,毎年とてもつらい.下品な電飾を見て喜ぶ人々,商業主義に汚染されたクリスマス商戦やバレンタイン商戦に右往左往し消費を行う定型の人々を冷めた目で反駁しながら,心の底では羨ましいと感じている.ことばを信仰せず,何も信仰せず,躓くことなく世情に無抵抗で流されることができたらどんなに楽か,と思う.押し付けがましい「新しい生活習慣」なんてものを受容できる気配は未だに一切無し,社会に中指突き立てて反抗期を続けている.いつまで反抗を続ければ良いのだろう.反抗するにもエネルギーが要る,これは疲れるのだ.反抗の余地もないほどの強権か絶望に,いっそ一思いに息の根を止めてもらえたらと冀う.
斯くのごとく無聊をかこつ無味無臭の365日をn年(nは年齢)繰り返してきたが,今年は福音があった.初手で千日手を続けるような人生を,周回遅れでようやく歩をひとつ動かせたような,そんな年になった.これは最も印象的な出来事であったものの,本稿で触れることはしないので,なんだか歯抜けのような振り返りになることを過去の私に対して申し添えた上で,下半期を振り返る.*1
下半期に読んだ本(一部抜粋)
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
再読である.初読は 2014 年 3 月,ノイタミナによる伊藤計劃作品群の映像化が決まった直後,書店で以下のプロモーション映像を見かけて,うっかりそのまま表紙買いをしたのが契機であった.ひどく無機質な表紙に惹かれたのだ.
衒学趣味とフィクション作品は相性がやや悪い.知識のインプットをし続けていないと栄養失調に倒れる.現実を風刺する鏡として,寓話としてのみ楽しむことはできるけれど,読んで学識を積み上げることはできないと思っていた*2.昔は散々読み耽けたものだが,18歳頃を境に,てんで読まなくなってしまった.本作も,その文脈通り2014年当時は暇潰しの一作品として消費,劇場版も好きな声優の声聴きたさに数回流し見をした程度であった.それでも,秀逸な書き出しは極めて強く印象に残ってはいたが.
泥に深く穿たれたトラックの轍に、ちいさな女の子が顔を突っ込んでいるのが見えた。
まるでアリスのように、轍のなかに広がる不思議の国へ入っていこうとしているようにも見えたけれど、その後頭部はぱっくりと紅く花ひらいて、頭蓋の中身を空に曝している。
8月,ひょんなことから作中に出てくる「サピア・ウォーフの仮説って正しくないの?」と疑問を投げたことから,「せっかくだから SF 作品に出てくる SF を現生世界の知識で解釈してみようぜ」という趣旨の会が発足した.
そこで生成文法理論など,言語学の一部を聞き齧った上で再読をした.伊藤計劃のストーリーテリングの巧妙さ,少々雑な設定やキャラクタ造形でも読ませる伊藤計劃の錦心繍口な筆力に感銘を受けるに到った.どうにか今年中に『ハーモニー』を再読したい.
余談だが,これを契機に生成文法理論の書物を読み漁るようになった.
新・自然科学としての言語学―生成文法とは何か (ちくま学芸文庫)
〈増補版〉 チョムスキー理論辞典 −−Kenkyusha's Dictionary of Theoretical Linguistics, Enlarged Edition
今のところこのへんを仕入れた(読んだとは一言も言っていない).『統辞構造論』においてチョムスキーによる"Colorless green ideas sleep furiously."および"Furiously sleep ideas green colorless."の例文を用いた指摘にはいたく感動した,が, やっぱり然程読めていないのが現状である.
まだ第一省察と第二省察の頭を読んだに過ぎないが,去年一番しっかりテキストと向き合った本だと思う.晦渋な文章の論証手順をしっかり考えて読む作業は楽しい.
参考文献はこのへん.図書館で借りて読んで多少参考にはしたけれど,ちくま学芸文庫版『省察』の巻末の構成がとっても過保護で,デカルトそのものを研究するわけではなく,テキストについて考えるだけならこれで充分であった.
ミクロ経済学を勉強し始めたときに一番読み込んだ本は神取道宏『ミクロ経済学の力』で,これは良くも悪くも読みやすい本だった.読みやすすぎる悪い側面は,さほど理解ができていないのにスラスラと読めてしまうせいでミクロ経済学を分かった気になってしまう点で,後々,実際の理解度を目の当たりにして苦労した.
そんな神取ミクロの民法版とも言えような読みやすい良書である.本当に読みやすい.コラムが楽しい……と思ったら,著者の道垣内氏は『東京大学「教養学部報」精選集: 「自分の才能が知りたい」ほか教養に関する論考 』の「駒場のトイレに見るセクシズム研究序説」の執筆者だと分かった.
ちなみに,同様に記述への信頼と読みやすさが高水準で同居する本の刑法版は,『講義刑法学・総論(第2版)』が挙げられそうと思った.憲法は探している最中だが,『立憲主義と日本国憲法 第5版』が今のところつよい.
On Liberty Illustrated (English Edition)
ミル『自由論』,最近まったくといっていいほど眼光紙背に徹して英語を読んでいない弊害として,初見の文章をなんとなく大意を取る程度しかできない,それ自体は価値のあることであるけれど精読ができなくなっていることに気付いたので,原点回帰,きっちり構文をとりながら日本語訳をつくる材料に使った.当然のように途中で挫折している.
シュテュンプケ『鼻歩類』やアシモフ『再昇華チオチモリンの吸時性』,石黒達昌『平成3年5月2日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士、並びに』などを期待して読むと,いくつかの著作に対して「論文…………………??」といった具合の肩透かしを食らう.しかし,今年一番面白かった本が何か尋ねられたら真っ先にこれを挙げる.決して全てを読んだわけではないけれど,いくつかの論文(?)が実に秀逸であった.とくに円城塔『決定論的自由意志利用改変攻撃について』と柞刈湯葉『裏アカシック・レコード』,柴田勝家『火星環境下における宗教性原虫の適応と分布』がよかった.『異常論文2』を出すなら「銀河王朝期における超高速相聞歌について」が読みたい.
以下蛇足.ただどうも,ざっくりとこの界隈のTwitterにおけるキュレーションのホモソーシャルな内輪ノリがどうしても鼻について苦手である.編者と編纂物,著者と著作物は切り離し,決して編纂された各著作に罪はない立場であっても,その内輪ノリを本にまで持ち込まれるといくらかうすら寒い.
壮大な人類叡智の大河漫画.山本義隆『世界の見方の転換 1 ―― 天文学の復興と天地学の提唱』の漫画化っぽい.そう簡単に感想を書ける類の本ではないので今回は省略するが,6巻から始まる3章の展開が楽しみである.完結したらまとめて感想を書きたい.
前掲の『講義刑法学・総論』の理論的補助として買ったつもりだが,うっかり通読したいと思うほど心躍る,痒いところに手が届く本である.
試験向きではないけれど,結果無価値論を舌鋒鋭く批判することで,結果無価値論の本質めいたことがよく見えてくる.この本とは何年かかけてじっくりと付き合いたい.
今年度読みたい本
前掲の事由で生成文法理論の一端を齧ったので,熱が冷めぬうちにもう何口か齧っていたい.仕込みとして『新訳 ソシュール 一般言語学講義 』を読んでいる最中なので,夏までには読み切りたい.生成文法理論と,後述の非線型数学は,成果物としてイロモノの創作物を出したい.
3月11日,金子邦彦先生の最終講義「やり残したことなど:カオス、複雑系、普遍生物学、それから」を聞いた.あまりにも難しかった.内容の一厘も理解できた気がしないけれど,ひどく面白かった.もともと『Self-Reference ENGINE』を通して『カオスの紡ぐ夢の中で (〈数理を愉しむ〉シリーズ) (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)』や『東京大学「教養学部報」精選集: 「自分の才能が知りたい」ほか教養に関する論考』に収録されている「カオス出門」に感銘を受けて愛惜していたが,著者の長尺な一人語りをはじめて聞いた.結末だけ話すと,私は『複雑系のカオス的シナリオ (複雑系双書)』を仕入れた.カオスに関する基礎知識やそもそも物理学や生物学の知識が無くて着いていくのがなかなか難しいところもあるけれど,きっちり読み切りたい.
以下本文
オイル交換した.
data 2021/2/28
odometer 46606km
前回から1700kmも走っておらんので,フィルタ交換なし.次はやりましょうね.
以上